Fenrir INSIGHT

デザインの限界を更新する
──人間を理解できるデザイナーであるために

2018.12.12

多様化するウェブ/アプリのデザイン。数あるプロダクトの中からユーザーに選ばれるためには何が必要なのか。

長年さまざまなフィールドで、デザインマネージャー、プロデューサーとしての経験を重ね、現在はフェンリルでデザイン全体を統括している戸塚恵一。デザイナーがこれから向かいあうべき課題、デザインの今、未来を、二回に渡ってフェンリルのデザイナーと共に語り合う。

第二回は、デザイナーの福島菜穂、福原歩恵夢を迎え、若い世代が向き合うデザインの課題を通し、これからを担うデザイナーが進むべき道を模索する。

あらゆる経験を重ねてきたプロフェッショナルたちが考える、新しいデザインを生み出し続けつづけるためのアプローチとは。

「ユーザーのため」のデザインを

戸塚:前回はマネジメントをしているデザイナーと話をしたので、今回は現場で活躍している若い世代のデザイナーと話がしたくて2人に来てもらいました。よろしくお願いします。

福島・福原:よろしくお願いします。

戸塚:ぱっと浮かんだのが2人とも女性だったんだけど、フェンリルデザイナーの中では女性マネージャーはまだいないんだね。

福島:言われてみるとたしかにそうですね。社内には女性デザイナーが多くいますし、クライアントの方でも女性とやりとりさせていただくことが多いので、仕事をするうえではあまり意識をしたことはないですけど。

戸塚:私の世代では男性の方が芸術系やデザインの道に進むことが多かったけど、今は美大の学生でも女性の方が多いらしいから、今後はさらに女性が活躍していくことになるね。ちなみに2人とも美術系学校の出身だった?

福島:私は文系の大学から、ウェブデザインの専門学校に入りました。元々インターネットが好きだったんですけど、プログラマーにはなれない気がしたのでデザイナーを目指そうと思って。

福原:私は美大です。当初はアーティストになることも考えていたんですけど、頼まれてつくったチラシで「お客さんが増えたよ」と言っていただいたことがうれしくて、人に影響を与えるようなものをつくれるデザイナーになりたいと思いました。福島さんと違って、デジタルに興味を持ったのは働きだしてからなんですけど。

福島:中学生のときにWindows98が発売されて、世の中が変わって行く時代を目の当たりにしたのがデジタルの入り口だったと思います。ネット上で知らない人と話したり、繁華街に出てオフ会に参加したりするのがおもしろくて。インターネットで世界が広がっていくように感じていました。

戸塚:インターネットに興味を持ったのは「世の中でどういうことが起こっているのか」というコンテクストの部分だったのかもしれないね。そう考えると、文系からこの道に進んだのは素直な気がする。UI、UXのデザインって、ユーザーの理解と伝える中身の解釈が一番大事だから。

福島:それはそうですね。もちろんデザイン自体のスキルも大切ですけど、ユーザーのことを考えたデザインにするためには、上流でのアイディアとかコンセプト作りの部分が重要だと思います。

福原:前職では広告のグラフィックデザインをしていたんですけど、「ユーザーのため」というよりは「クライアントのため」という意識があったので、フェンリルに入ってユーザー目線のデザインを経験してカルチャーショックを受けました。

戸塚:広告をやったあとにUIデザインをするとギャップは大きいよね。「グラフィックデザインの花形は広告」という風潮がいまだにあって、ユーザーを置き去りにして業界内で酔っているような部分もあると思う。

福原:「誰のための何なのか」という部分が忘れられたままデザインが進んでしまうのは怖いですね。UIデザインの現場では「ユーザーありき」で進んでいくので、そういうことはまず起きないですけど。

戸塚:テレビCMでも「今の時代にそんなことするの?」と思うことがたくさんあって、たとえば先日もシリアスなドラマを見ている間に、そのドラマに出ていた俳優が楽しそうにしているCMが流れて驚いたんだよね。ネットでは行動履歴、購買が分析されているのが当たり前の時代なのに。ブランディングのタッチポイントはどんどん変わっているのに、作り手が変化していないのは、人間のことを理解できていないということなんだと思う。

福島:そういうところでいうと、フェンリルは個々のデザイナーがお客様の話を直接聞いて進めることが多いので、意図がブレることはないですね。たとえばディレクターに修正する箇所をダイレクトに指示されて直すのと、どうして直したいのかという意図を自分が聞いて修正するのとでは全く違うので。

福原:話すことによってお互いの誤解も溶けますしね。色んな情報を知っていた方が新しい提案ができるし、いいデザインができるし、自分がいかに感情移入できるかというのが、パフォーマンスにも繋がっている気がします。

不便をチャンスにできるUIデザイン

戸塚:UI、UXやっている人には、人が気づかないことに気づいてほしいと思っていて、日頃から色んなものを見たり体験したりして情報を蓄えてほしいというのがあるんだけど、2人は毎日の生活の中で意識して見ていることはある?

福原:不便は意識するようになりましたね。たとえば化粧品を買いに行った時に、iPadを渡されてカルテに記入することがよくあるんですけど、「もっとここをこうすればスムーズなのに」ということをつい考えてしまいます。

福島:私もこの間、とある飲食店のタッチパネルが分かりにくいという話になって、フェンリルのスタッフ数人で確認しにいきました。不便なものを囲んで議論するのは、UIデザイナーならではの遊びかも。

戸塚:世の中にはよくないインターフェースが溢れているから、我々にとってはラッキーなことかもしれないね。まだまだ人を喜ばせるチャンスがいくらでもあるということだから。

福原:あとは、人のこともよく見ているかもしれないですね。先日、インド人の方が1人でオペレーションしているカレー屋さんに行ったんですけど、接客と料理の提供をしながら、カウンター上の福神漬けをタイミングよく補充したり、ものすごく手際がよくて感動したんです。デザインと飲食店は全く違うフィールドではあるけど、人を気持ちよくさせるという点では共通するものがあるのかなと思いました。

戸塚:流行っているお店を見ると、色々な気づきがあるよね。特に、活気のある居酒屋の店長は無敵だと思ってる。経営的な手腕だけではなくて、お客様との接し方や、忙しい時のスタッフの落ち着かせ方、今日のおすすめメニューの書き方まで、色んな面においてバランスが取れている人でないとやっていけないと思う。そういう人を観察しているだけで勉強になることはあるし、デザインに限らず、人に関わること全てがUIなんだと思う。

福島:戸塚さんは長くデザインの現場で過ごしてこられて、私たちくらいのキャリアのときはどういう感じで仕事をされてたんですか?

戸塚:自分がやりたいことと実力のギャップに苦しんだ時期はあったね。全部自分でやらなきゃいけないと思っていたんだけど、「まわりに優秀な人がたくさんいるんだから協力してもらえばいい」ということに気付いた。1人でできることは限られているし、色んな人を巻き込みながらデザインを続けてきたのはすごくよかったと思う。

福原:私もなんでも自分でやりたいタイプなので、パンクしそうになったことがありました。でもデザイナーとしては、自分がしたいことを最適な方法で実現してくれる人を探して一緒につくっていく能力も必要だと思うので、最近は意識して色んな人に頼むようにしています。

戸塚:自分1人で結果を出したい人や、色々なことにチャレンジしたいデザイナーは会社に縛られなくてもいいと思う。それに今は、会社を離れたあとも良好な関係を続けられて、将来的に会社に戻るという選択もできる時代になっているんだから。

福島:私はもともと文系出身でグラフィックには造形が深くなかったというのもあって、とにかく色んな人と一緒にデザインしていくというスタイルでした。主にUIの領域を自分の得意分野にしてきたんですけど、今はUIのことを考えたデザイナーが増えているので、もっと自分の力が発揮できることを見つけたいですね。

戸塚:これはいつも言ってることなんだけど、デザインというのはチームで成し遂げる仕事で、たとえば建築として大きなビルを建てるプロセスに似ているんだよね。土台、基礎をつくる人達がいて、その中に住む人の導線や生活を考えるという人も必要。技術を駆使して高いビルをつくっても、全てに人間らしさを入れなければ魅力的なビルにはならないわけだから、色んなことができる人とデザインに組んで取り組んでいくという意識を持ってほしい。

デザインの未来は人間理解がつくる

戸塚:デザインだけに限ったことではないけど、若い世代の人には、“自分見つめ”を早めにやってほしいと思っているんだよね。例えばこれから人生100年時代になって、80歳のときに新しいことにチャレンジしたいと思ってもできるんだから、20歳の時にそれに気づいていたら、何回チャンスがあるか分からないよね。うまくいかなかったらまた違うことをすればいいんだから、自分の未来を早く決めてしまうのはもったいない。

福島:本当にそう思います。私も文系の大学からそのまま進むことよりも、インターネットの世界に飛び込んでよかったです。ひとくくりにUIと言っても色んな方法があるし、その中でも自分がワクワクするものを見つけてずっと挑戦しつづけたいなと思います。

福原:私たちがやっていることって、本当にまだまだ可能性がありますよね。テクノロジーのスピードはすごく早いから、どんどん新しいものを生み出さないといけないという大変さはありますけど。

戸塚:でも、いくら技術が発達していても「何でこんなことを分かってくれないの?」ということも多くて、それって大抵が「人間の領域」なんだよね。たとえばメールで先方の名前を書く時に予測変換で間違った名前で送ってしまったり、半角、全角などの昔の名残りがあったり…。手書きだったら絶対に間違えないようなことをコンピューターが未だにしているのは、“人間”への理解がまだ足りないからなんだよね。

福原:たしかに、最新のテクノロジーで逆に不便になってしまうこともありますね。ITリテラシーの高い人にとっては便利でも、取り残されている人たちにとってはマイナスになることもあるし。

戸塚:だからUIの世界は、人間の観察力に優れていて心理学にも長けているような人がもっと入ってくるべきだと私は思ってる。さっき話したビルの建築と同じで、一見すごく革新的で優れたデザインでも土台に人間らしさを入れなければうまくいかなくなるから、そういうことを理解しながらデザインしていくことは、これからのデザイン業界にとっても必要なことだと思うけどな。

福島:UIもUXも人との関わりは切り離せないから、そういうアプローチは今後より求められるかもしれませんね。私自身も色んなことを観察しながら経験を積み重ねて、人を幸せにする仕組みをつくっていきたいです。

戸塚:前回マネージャー達と話をして、現場のデザイナーと考え方の相違があるかなと思っていたけど、2人の考えを聞いていると全然そんなことはなかったね。これからもそれぞれがプロフェッショナルな仕事をして、若い世代からデザインを盛り上げていってほしいな。

福原 歩恵夢 Poem Fukuhara / 戸塚 恵一 Keiichi Totsuka / 福島 菜穂 Naho Fukushima